もし、この世界に神──男と女の出逢いや、恋愛におけるあらゆる運命を司る神──が存在するならば、彼(彼女)は何故、俺とマリアを引き合せたのだろう?

その問いに対して、俺は一つの答えを導きだした。というよりも、勝手にでっちあげた。

神は俺に、「マリアを天国に連れて行ってやれ」と言っているのだ。

というワケで、無理矢理、「俺にはマリアを大人の女にする義務がある」と解釈した。

3月15日の深夜、居酒屋からの帰り道。

俺は控えめな行動に出ることにした。

なぜ「控えめ」かというと、男性経験がまったく無いマリアには、大胆で過激なアプローチよりも、優しく、紳士的なアプローチのほうが効果的だとわかっていたからだ。

夜の街を抜けて、彼女をマンションまで送り届ける途中、俺はマリアの手を握り、挙動不審になる彼女を無視して、そのまま手を繋いで歩き続けた。

そして頃合いを見計らい、歩きながら、彼女の唇にキスをした。

「控えめ」の欠片もない、充分大胆で、過激なアプローチだろうって?

確かにそうかもしれないが、俺からしてみれば、すべて計算済みで、細心の注意を払いながらの行動だ。

もちろん、彼女にとっては青天の霹靂だっただろう。

人目がある場所だし、一瞬の出来事で、唇を奪われるなんて想像もできなかったはずだ。

マリアは、恥ずかしさを紛らわすためにギャーギャーわめいていた。
俺は、その姿を見て楽しんだ。
そしてその後も、手を繋ぎ、二人で並んで歩きながら、彼女の隙をついては、頬や耳、首筋、そして唇にキスを浴びせ続けた。

本来ならば、この後はホテルや自分の部屋へ連れて行くのが典型的な常套手段だ。
しかし、俺はそうはしなかった。
ただ単純に疲れていて、その気が無かったからだ。俺は一刻も早く自分のベッドに潜り込み、眠りたかった。

それに、彼女は俺とのキスだけで舞い上がっていて、俺としては、いつでも彼女を堕とせる確信があった。
そのための「計画」も、既に俺の頭の中に出来上がっていた。
そう。急ぐ必要はまったく無かった。

彼女をマンションの前まで送り届けると、そこで「おやすみのキス」と「さよならのキス」をして、俺は彼女と別れた。

この夜、マリアに浴びせたのは、わずか十数回のキスだったが、彼女にとっては人生初の「キスの洗礼」だったはずだ。

つづく。。。