チエと俺との不協和音は、それだけではなかった。

ある日、チエとのデートの約束を取り付けようと思った俺は、彼女に一通のメールを送った。

今度の水曜日(12月2日)、俺の仕事が終わった後、一緒に食事に行こうぜ

仕事の合間を縫ってこのメールを送った俺。
当然、その後は目の前にある仕事を片付けることを優先し、その作業に没頭した。

そして、その日の夜。
仕事を終えるとすぐに、彼女に連絡するために携帯電話を取り出したのだが、チエからのメールを確認した俺は愕然としてしまった。

なんと、4件ものメールが連続して届いていた。
その内容が以下。

仕事、何時頃に終わりそう?

水曜日、5時以降なら逢えるよ

水曜日どうする?
時間が決まったらメールしといて!

>今度の水曜日(12月2日)、俺の仕事が終わった後、一緒に食事に行こうぜ

夏紀はどうしたいの?

12月。クリスマス・シーズンを間近に控え、『師走』(語源は、普段は暇な僧侶でさえも忙しく走り回ることから)と呼ばれるほどに忙しいこの時期、仕事に追われ、プライベートの時間がみるみる削られ、電話をかけることもメールを送ることもままならなかった俺の状況を、彼女は理解しているのだろうか?

しかも、俺の携帯には、これら一連のメール(4件連続)だけでなく、彼女からの何件かの着信履歴もあった。

チエの「必死さ」を垣間見てしまった。
一気にテンションが下がった。
チエと逢いたかったから、彼女をデートに誘うためのメールを送ったのに、正直、彼女から送られてきた一連のメールを読んで、俺は彼女と逢う気が失せてしまった。

このときの俺の率直な気持ちは「めんどくせー!」だった。

俺は過去に、数人の女性たちからストーカーされた体験があるのだが、そのときの嫌な想い出がフラッシュバックした。
現にチエには、ストーカーと化したその女性たちと同じ傾向も伺える。

それを考えると俺の背筋が凍った。

女性に対して、こんなにウンザリする気持ちを抱いたのは何年ぶりだろう?

チエと初めて出逢った頃、彼女はよく「たくさん与えてくれてありがとう」という言葉を口にした。

確かに。
俺は彼女に与え続けた。
彼女が求めている物を、彼女が求めている時に、彼女が求めている形で。

それは俺が「充実感を得たい」と願う女性の本質を理解していたからだ。

女性が求めているものは『充実感』だ。
女性は満足したい。
男性が求めているものは『解放感』だ。
男性は発散したい。

だから、男性は如何に女性を満足させてあげられるかを考える。
対して、女性は如何に男性を解放させてあげられるかを考える。

愛情を求める女性に対し、俺たち男性は自由を求める。

もちろん、俺はこうした男女の心理や事実を伝えた。
何度も。何度も。
だが結局、彼女は何も変わらず。
彼女が俺に与えたのは、まったくピント外れなモノだった。

チエは明らかに、俺の『自由』を脅かす存在になりつつあった。
俺から『自由』を奪う存在になりつつあった。

チエとの定期的なセックスは、とても大きな魅力だった。
しかし、いくら容姿端麗でセックスが最上の女性でも、我慢しなければならないことが多すぎる。リスクが大きすぎる。

そして、本来ならストレスを完全に解消してくれる存在でなくてはならないガールフレンド、その彼女が、男性のストレスの原因になってしまったら…?

そう。
この『メール騒動』のときに、俺は気付くべきだった。
そしてこのときに、チエとの別れを決断すべきだった。
そうすれば、この後訪れるさらなる不幸を回避できたのだから。

つづく。