(実は今日、11月4日は、この記事【シンデレラとサラブレッド】シリーズの主役、ヒトミさんのバースデーだ。誕生日おめでとー♥)
さて。彼女に指定された場所に辿り着くと、俺たちはすぐにお互いを見つけ出した。
目で合図をし、助手席のドアを開け、ヒトミさんが俺の車に乗り込む。
すると途端に車の中に彼女のフレグランスの香りが充満する。ただでさえ魅力的なうえに、この妖艶な香り。まさに極上のワインのようだと思った。
「抜群にイイ匂いがするな? これはヴェルヴェーヌ?」と俺が訊く。
「ローズだよ」と彼女が答えた。
ヒトミさんが身に纏っているこの香りは、『L'OCCITANE』(ロクシタン)のボディオイルだ。
シンデレラ・ワイン【シャトー・ペトリュス】が暗示していたのは、まさしく彼女、ヒトミさんだと確信した。
現代に生きるシンデレラは、おとぎ話の中に生きる他力本願で理想主義の乙女ではなく、自立した現実主義の女性である。
彼女は、ドレスも、真珠のネックレスも、ガラスの靴も身につけていない。
彼女の首元を彩るのは小さなゴールドのネックレス。
黒いカーディガンに、モノトーン調の柄のスカート、足下はオシャレなサンダルでキメている。
清楚で上品な雰囲気が漂い、その隙間から色気が溢れ出す。
昔、俺と付き合っていた頃よりも少し痩せたようだが、彼女の美貌はさらに磨きがかかり、洗練されている。
いつかまた逢える日が来ると淡い期待を抱いていたが、それが今こうして現実になっている。
彼女を前にして舞い上がってしまうかと危惧していたが、俺はまったく冷静で、彼女も平然とした態度だ。
「何処か行きたい場所は? リクエストある?」と俺。
「隠れ家っぽいお店がいいな。私たちが一緒にいると、相当目立っちゃうでしょ?」とヒトミさん。
確かに。納得だ。
この街、つくば界隈では、俺はもちろん、彼女の顔もかなり知れ渡っているはずだ。ただでさえ知名度が高いうえ、俺たちが一緒にいるところを誰かに目撃されると、後々面倒な問題に発展しかねない。
それに第一、オマエのような美女を連れて歩いてたら、「人目を避ける」ことは不可能。
数年ぶりに再会し、ゆっくりと落ち着いて話がしたい今日、わざわざ人目につく場所に連れて行くような無粋な真似はしない。
こんなシチュエーションのときのためにチェックしてある店が何件かあるが、そのうち、ここから最も近くにあるダイニング・バーへ、ヒトミさんを連れて行くことにした。
互いの近況を報告しあい、別れてから今までの恋愛遍歴をおおざっぱに語り合う。話は尽きなかったが、俺には一つ、どうしても知りたい大きな疑問があった。
「なぜ、また俺と逢う気になったのか?」
ちょっとした予想と妄想が俺の頭をよぎる。
女性には、「シンデレラ症候群」と呼ばれる潜在的な欲求がある。
シンデレラ症候群
【シンデレラ・シンドローム】、又は【シンデレラ・コンプレックス】と呼ばれるその症状は、女性が幼い頃から植え付けられる「お姫様妄想」で、現代に生きる多くの女性たちに垣間見れる非現実的、かつ非生産的な「幻想」であり、何の成果も生まない悲しき恋の黄金律。
「いつか必ず白馬に乗った王子様が現れるはず!」と淡い期待と妄想を抱き、現実逃避する少女は、そのまま大人になると「女性の幸せは男性によって決まる」と考え、シンデレラのように理想の男性を追い求める一方で、歳をとり、賢くなってようやく、白馬の王子様は存在しなかったのだと気付く。…「夢見る少女」の所以である。
──ほんの少し話が横道にそれるが、産まれてきた自分の息子を「白馬の王子様」だと考える母親は素敵だなぁ。と思う。
多くの女性が陥いりがちなシンデレラ症候群であるが、果たして、ヒトミさんは?
まさかキミもシンデレラ症候群?
現代のシンデレラは、白馬の王子様が迎えにくるのを待ちきれなくて、とうとう自ら動き出したのか?
【シンデレラ症候群】に対して、男性版には【ピーターパン症候群】と呼ばれる症状が確認されている。
これは一言で説明すれば「いつまでも夢見る少年でいたい」という現実逃避だ。
自覚症状アリ。
俺自身、ピーターパン症候群的な症状があることは自己認識しているが、ここはあえて、俺のこの妄想癖を【サラブレッド症候群】と名付けよう。
サラブレッド症候群。つまり、俺は「種馬」である。
ヒトミさん。
キミが求める白馬の王子様になれるかどうかはわからないが、白馬にだったらなれる。少なくとも、俺は「徹底的に品種改良」されたサラブレッド。
キミに相応しい素晴らしい種を持っている。
「ソレ」が目的だというならハナシが早いぜ?
「俺の遺伝子が欲しいなら…」
妄想が膨らみはじめ、暴走する。
もう止められない。
真実を知るまでは。
ヒトミさん、アンタは何故、また俺と逢う気になったんだ?
「シンデレラとサラブレッド Episode.5」へ続く。