【Château Petrus(シャトー・ペトリュス)】いうワインがある。
フランスのボルドー、ポムロル(Pomerol)地区で産する、とても有名、かつ高価な赤ワインで、いま検索してみたところ、相場はだいたい20万円から30万円以上。
ヴィンテージにより高価なものになると、軽く100万円を超える価格で取引されているワインも存在する。
…100万円だよ?
ひゃくまんえん!!
もちろん、このような高価なワインを、俺は未だかつて呑んだことが無い。
トリュフやベリー系の果実の香り、口に含むと、厚みがあるのになめらかで、ワインの評論家も「その強烈な印象は飲む者を圧倒する」と讃え、【シンデレラ・ワイン】とも称される。
つまり一言で言えば、【シャトー・ペトリュス】は最高のワインってコトだ。
9月15日 月曜日 早朝
夢の中で、俺はこのワイン【シャトー・ペトリュス】を呑んだ。
そして、このとき見た夢が、すべての伏線になった。
夢としてはあまりにもリアルな味と香り。
まるで本当に【シャトー・ペトリュス】を味わっているようで、その強烈な感動で俺は目を覚ました。
実は普段から、このような暗示的な夢を見ることが多々ある。
そのため、目が覚めた直後から「今日は何かあるぞ」と不思議な【予感】を感じていた。
この日は朝から、ガールフレンドのヒロコさんと一緒にピクニックに出掛ける約束をしていて、前日、夜遅くまで仕事をしていた俺は、早朝から起きられる自信が無く、彼女に朝イチでモーニングコールをしてくれるように頼んでおいた。
しかし、【シャトー・ペトリュス】の夢のおかげでヒロコさんのモーニングコールよりも一足先に目を覚ました俺は、モーニングコールが必要ない旨をメールで打診。その内容が以下。
date:2008/9/15 5:29
めちゃくちゃ美味いワインを呑む夢を見て、感動して目が覚めた!
ヒロコおはよー!!
今からシャワーを浴びてくるから、モーニングコールはいらない。
待ってるから早く来てネ♥
約一時間後、ヒロコさんから返信されてきたメールは以下。
おはよ♥
私の夢占いによると、そのめちゃくちゃ美味しいワインは……私のことだね(笑)
…面白いヒトだ。
きっと彼女の言う通り。【シャトー・ペトリュス】はヒロコさんの象徴なのだろうと思った。
しかしその数時間後。
ピクニックを楽しんでいた俺たちの会話が、俺が今朝見た夢の内容と、ワインの詳細な描写に話が及んだ際、ヒロコさんは前言を撤回し、意味深な発言をした。
「夏紀、きっと今日、そのワインみたいな女性に出逢うんだよ!」
いつもだったらここで「それってオマエのことだよ」などと軽く応えただろう。しかしこのとき、俺の脳裏に一人の女性の姿が思い浮かび、そのためしばらくの間、俺は言葉を失ってしまった。
シャトー・ペトリュスのような女性?
確かに、思い当たるフシがある。
ヒロコさんの言葉が頭に響く。
「夏紀、きっと今日、そのワインみたいな女性に出逢うんだよ!」
…いや、でも、まさか…。
ピクニックを終え、部屋に帰ってきた俺。
時刻は既に夕方18:00時を過ぎている。
当初の予定では、これから高校時代の友人を誘って焼き肉でも食べに行こうかと考えていた。
しかしヒロコさんの言葉が頭をよぎり、ある女性に一通のメールを送ることにした。
そう。
俺が、【シャトー・ペトリュス】から連想する女性、その人物こそ、ヒトミさんに他ならない。
2週間前にヒトミさんからの最初のメッセージを貰って以来、俺は何度もドタキャンを喰らい、誘いを断られ続けてきた。
さらに3日前(9月12日)、一番最後に送られてきたメールでは、彼女は間接的に「逢う約束はしたくない」と、かなり傲慢な態度を装っている始末。以降、俺たちは連絡を取り合っていない。
ヒトミさんの高飛車な態度を牽制し、ちょっとした皮肉を込めつつ、俺は次のようなメールを送った。
Princess Hitomi* my dear
女王陛下
今夜も公務でお忙しいのでしょうか?
何が起きたと思う?
メールを送信したその直後、ヒトミさんから電話がかかってきた!
正直言って、返事がくることは期待してなかった。しかもこんなに早くレスポンスがあるなんて。
「今から逢える?」と彼女は言った。
この日の早朝、俺が見た夢の暗示、そしてヒロコさんの言葉、すべてが現実になろうとしている。
俺はヒトミさんにこう言った。
「選択肢が2つある。今から迎えに行くけど、白馬に股がって行くか、カボチャの馬車に乗って行くか、姫君はどちらがお好み?」
白馬か、カボチャの馬車か、どちらを選んでも結果は同じだ。
ヒトミさんは笑いながら「白馬に乗って来て」と応えた。
「OK。でもポニーじゃダメだよね?」と俺。
「サラブレッドじゃないと許せない」と彼女は言った。
ちなみに、サラブレッド(Thoroughbred)という言葉は、一般的に「純血種」を意味するが、実際は「Thorough(徹底的に)」、「bred(品種改良)」という語源が発祥になっている。
ヒトミさんがこの蘊蓄を知っていたかどうかは定かではないが、過去、ヒトミさんと交際していた頃から比べれば、俺は「徹底的に品種改良」されているはずだ。
今なら、胸を張ってヒトミさんの前に立てる。
数分後。俺は白馬に乗って、シンデレラの元へ駆けつけた。
時刻はまだ20:00時前。
日付を変える鐘が鳴るまでには、まだ時間がある。
つづく。。。