恋愛には、ある種の確率やギャンブル的な要素が絡む。
男と女の出逢いなどはまさに、サイコロを振る類いのゲームのようだ。

サイコロを振る順番、つまり、行動を起こすチャンスが自分に回ってきたら、必ずそれを活かして全力で挑むことが肝心だ。

サイコロの目と同じように、どんな結果が出るかはわからない。しかし、行動を起こすことにこそ、大きな意味がある。自信が無いからといってサイコロを振ることさえ諦めてしまっては、ゲームはスタートすることがなく、決して目指すゴールに辿り着けることは無い。

2007年6月23日。
俺とバイオレットは、高校の同窓会で再び顔を合わせた。
マリーの挙式、そしてイタリアンレストランでの二次会でバイオレットに近づいたあの日から約二ヶ月後。ようやく俺に二度目のサイコロを振るチャンスが巡ってきたワケだ。

彼女、バイオレットは相変わらず美しく、そして輝いていた。
正直に言うと、10年前はそれほど彼女に魅力を感じていなかった。…と言うよりも、彼女の魅力に気付いていなかったのだ。当時は俺もバイオレットもまだ高校生。彼女はまだ、今のような成熟した色気を放っていなかったし、それよりもさらに、俺自身が未熟だった。

しかし月日は流れ、彼女は変貌。俺も成長した。
お世辞抜きで、バイオレットは絶世の美女だ。その美貌に、多くの男性が惹かれていく。

同窓会が始まるとすぐに数人の男性がバイオレットを取り巻き、彼女に言い寄っている。その中には、現在茨城県内の某高校の校長を務める俺たちの恩師まで含まれていた。彼はバイオレットに近づくと「口説いていいかい?」なんて台詞を囁いている。…これには笑った。そしてこれこそ彼女の美貌と魅力を裏付ける証拠だろう。

彼女の隣をキープするのは至難の業だ。俺はそんな勝率の低い勝負に挑むようなタイプの性格は持ち合わせていない。大勢の中の一人にはなりたくないし、オンリーワンの存在でいたい。シュートを決めるときは狙い撃ちで、隙ができるまで虎視眈々とそのチャンスをうかがう。
「余分な労力を浪費するのは馬鹿げている」などとは考えないが、時間とエネルギーを費やすべきタイミングを見極める。
友人たちは、俺のこの能力を「嗅覚が優れている」、又は「美味しいところだけを持っていく」と喩える。

俺はとりあえず、バイオレットのことは完全に無視し、久しぶりに再会できた他の友人たちとの交流を楽しんだ。

するとどうだろう。
不思議なことが起こった。
俺はこれを駆け引きだとは考えていなかったが、バイオレットのほうは違った。
多くの男性陣と全く逆の反応をする俺の冷たい言動や態度に触発されたのだろうか。そんな俺に興味を持ちはじめた彼女は、自ら俺に近づいてくるようになった。

何度となく、俺に話しかけてきたり、遠くからちょっかいを出してきたりする。

そのうちに、彼女のささやかな誘惑に夢中になっていった。まるで、彼女の術中に知らず知らずのうちにハマっていくようだった。
とうとう俺は、他の男性陣と同じように、完全に彼女の魅力の虜になった。

バイオレットは明らかに、ゲームを楽しんでいる。これは好感触のサインだ。

単刀直入に言おう。
俺たちは共に、サイコロを振るチャンスを伺っていた。
結果的に、俺はバイオレットを口説き、バイオレットは俺を誘惑した。

同窓会が終盤に差し掛かる頃、俺たちは店を抜け出し、二人きりになっていた。
今日のゲームはそろそろクライマックスだ。

酔いを冷ますためだろうか。バイオレットがバッグの中から飴を取り出し、口に放り込み、俺にも勧めてきた。

「夏紀も飴、舐める?」

男性諸君。おわかりだろうか?
これこそ「行動を起こすチャンス」だ。
今宵、おそらく、俺がサイコロを振る最後のチャンス。

「うん。欲しい」
そう言って俺はバイオレットの唇を見つめる。その視線に気付き、勘の鋭い彼女は瞬時に俺の真意を悟る。

俺の右腕と胸の中にその身を傾ける彼女。
そして俺はバイオレットにキスをした。これまでの俺の生涯最高と言っても過言でないほど艶かしいキス。俺はバイオレットの口の中から飴を奪った。