「すごくエッチな指してるよね?」

唐突な台詞にとまどい、返す言葉に困る俺。

友達の紹介で知り合ったミホさんの第一印象は、凛とした雰囲気がすごくセクシーで、俺には「高嶺の花」的な印象で、ちょっと近寄りがたい感じ。

当時、彼女は30歳。
20代前半だった俺には、年上の女性はただでさえ魅力的に見えたものです。
身長はそれほど高くなく、俺の肩の高さくらい。髪型はセミロングのストレート。笑顔がとてもキュートで、明るく、落ち着いた声のトーンと相手をのせる会話のペースに引き込まれ、俺が彼女に魅せられ、虜になるのに数分もかかりませんでした。

はじめて出逢ったその日のうちにメールアドレスと電話番号を交換し、数日後、ミホさんと2人で呑みにいくことになりました。

2回目に逢ったミホさんは、控えめにボディラインを強調する、上品な黒いワンピースに身を包み、それがとても似合っていて、さらにセンスのいいアクセサリーが、クールで落ち着いている彼女の魅力をよりいっそう引き立てていました。

待ち合わせの場所で俺のことを見つけると、ミホさんは軽く手を振り、微笑む彼女は相変わらずキュートで、その表情を見ると6歳以上も歳が離れていることを感じなくなる。
近くで彼女を見ているだけでも幸せで、胸が高鳴り、『ミホさんと2人きりでいられる』という思い、ただそれだけで興奮と緊張で頭がいっぱいになり、そのとき彼女と何を話したのか、会話の内容はまったく覚えていないほど。

軽く食事を済ませたあと、隠れ家的な、とても静かなバーに行きました。

そこでミホさんに勧められ、2人で注文したのが「ブラック・ヴェルヴェット」という名のカクテル。
黒ビールとシャンパーニュを半分ずつ混ぜただけのシンプルなカクテルです。

2人の出逢いに乾杯し、そして、軽く酔いはじめてきた頃、唐突にミホさんの口から発せられたのが、冒頭で紹介した台詞です。

「すごくエッチな指してるよね?」

戸惑う俺を無視するかのように、テーブルの上でグラスを持つ俺の左手に、彼女の綺麗で華奢な手が近づいてくる。
一瞬、2人の視線が重なり、そのまま俺は彼女の瞳から目を離せなくなりました。

心臓が高鳴る。

ミホさんは再び悪戯っぽいキュートな笑顔を見せ、俺の手に優しく触れました。
ミホさんの身体にはじめて触れた瞬間。
俺の掌よりも遥かに小さいのに、包み込まれているようで、柔らかくて、温かくて。

重なり合う、2人の手と手。
絡み合う、2人の指と指。

「GEKI くんの指、長くて、綺麗…」
ドキドキしながら、やっとのことで出てきた俺の台詞は、「手、ちっちゃいね」という一言。
「比べてみようか?」と彼女。
再び重なる2人の手。絡み合う指。重なりあう、2人の視線。

ミホさんの瞳は潤んでいて、とてもエロティックで。戸惑う俺を見て楽しみ、誘惑しているようでもありました。

バーを出る2人。
どちらからともなく、2人とも自然に手をつないで、俺に身体を預けてくるミホさん。彼女の髪からは石鹸の香りが漂い、もの凄くいい匂いがしました。

「これから、ドコ行こうか?」と彼女。
「え? あ〜、え〜っと…」
そんな俺を見て微笑む彼女。俺が彼女の手を強く握ると、彼女もそれに応えて、俺が握っているよりも強く握り返してくれました。
もう片方の手で彼女を抱き寄せる。
目を閉じる彼女。
『戸惑い』が、『確信』に変わった瞬間です。

そして2人の顔が近づき、唇が重なりました。

ミホさんは俺の腕の中で、はじめて恥ずかしそうな顔を見せてくれました。

「で、ドコ行く?」と彼女。

──行き先はもちろん、決まっていました。

「ブラック・ヴェルヴェット」
グラスの中で溶け合う黒ビールとシャンパーニュは、まるで俺とミホさんを隠喩しているかのように感じます。
そしてこのカクテルを飲むたびに、その日の出来事を想い出します。
グラスからほとばしる泡のように繊細で、儚くて、甘くて、刺激的。そして濃厚な、彼女と過ごした夜を。