事の発端は二ヶ月前。7月22日に遡る。

アユミには当時、交際している男性がいた。誤解の無いように補足しておくと、その男性とは「バティ」とは別の人物だ。わかりやすく話を進めるために、ここから先では【元カレ】と表記する。

以前から、アユミには元カレとの関係のことで相談を受けていたが、今回、俺はアユミに、新しい恋、つまりバティとの関係を成功させるために、元カレとの関係は絶つように提案。俺の説得に同意した彼女だったが、実行に移すためには多少の時間を要するだろうと思っていた。
交際を続けている相手との別れを決断するには、相応の覚悟が必要だからだ。

事実、アユミの返事、7月22日19時43分に送信されて来たメールは以下の通り。

そうね…言わなくちゃね∋
わかってるよ。でも、報告はもう少し待って。

「報告はもう少し待って」と言うアユミの返事を受けて、俺は当分の間、彼女に変化はないだろうと目論んでいた。

しかし、このとき既に俺の予想と計算は大幅に狂っていた。

なんとアユミは、俺にメールを送信した直後、元カレに電話をかけ、別れ話を持ちかけていた。

想定外だった。それは俺も元カレも一緒だったろう。

当然、「別れたくない」と言う元カレ。
電話では話が進展せず、アユミは元カレに直接会って引導を渡す決断をした。

翌日。7月23日。
…水面下でこんな事が起きているとは知らず、ちょうど俺が【アユミの告白 Part.1】を執筆し、このサイトに掲載していた頃、アユミは昨夜の決着をつけるため、元カレの部屋に向かっていた。

以下は、俺が最近入手した【アユミの日記】からの引用だ。
この情報を入手するために時間がかかったため、今日まで約二ヶ月も遅れての掲載となった。

7月23日。夕方5時

彼に別れ話をするために、指定された時間に彼の部屋へ向かった。

時間ぴったりに到着したとき、彼の車が無かったので、まだ仕事から帰って来ていないことはわかった。外で待っていてもよかったけど、真夏の気温には勝てず、合鍵もあるし、部屋に上がらせてもらうことにした。

私が部屋の扉を開けたとき。まずはじめに見たものは、彼のベッドの上ですやすや眠っている、見知らぬ女性。

私の気配で、その女性はすぐに目を覚まし、起き上がると同時に私に謝罪。

要するに、彼女は彼の浮気相手だった。

私は、もともと彼と別れるつもりでここに来たので、彼女の存在に特に動揺もせず、彼が帰ってくるまでの間に、彼女から色々と話を聞き、事情を把握した。

彼の浮気が始まったのは私と付き合って1ヶ月程した頃。彼女は彼の後輩で、ずっと彼に憧れていたらしい。
誘ったのは彼のほうからで、彼女は私の存在も認知していたが、自分の気持ちに抑えがきかなかったそうだ。
「もし二人の別れが自分のせいなら大変な事をしてしまった」
彼女は涙ながらに話してくれたけど…。

しばらくした後に帰ってきた彼は、どんな言い訳をしても無駄だとわかったようで、別れを告げる私を引き止めることはしなかった。
彼に聞きたいことも、言いたいことも、何もなかったけど、最後に一つだけ気になったことがある。

「どうして女二人は鉢合わせたの?」

「別れ話を持ち出されて、頭に血が上って、今日呼び出してたこと忘れてた」
それが彼の答え。

付き合っていた頃は、嘘をつけないところが不器用なんだよね、なんて考えていたけど、こういう時は彼女の為に嘘をつくべきだったんじゃないかと思う。不器用とか、そういう問題ではない。誰かを守るために、時には嘘が、真実を告げるよりも正しいことだってある。…本当に嘘をつくのが下手な人だった。

部屋を立ち去るとき、「彼女を大切にしてあげて」という言葉は、彼の心にどう響いたのだろう。

私は、このあとに続く恋のために、彼とはどうしても別れたかった。きっとどんな結果であっても結局は彼を傷つける。そう思っていた。

でも、彼には私以上に愛情を注いでくれる彼女がいた。
彼女も、脅威である私の存在がなくなれば、彼を独占できる。
私も妙な罪悪感に苛まれずに済む。

こういうケースは稀だと思う。男女の別れにおいて、ここまでのハッピーエンドはなかなか無いはず。

俺がこの出来事をはじめに聞いたのは、7月23日。時刻は21時29分。

つまり、アユミが元カレの部屋で彼女と遭遇し、元カレに引導を渡してからわずか2時間後のことだった。

アユミは、ある店のバーカウンターに座って寛いでいる俺のすぐ隣にやって来て、「報告があるの。だから、私、ここに来てる」と興奮気味に話をはじめた。

「どうしたの?」と俺が訊く。

「別れてきた」とアユミ。

淡々と喋るアユミの告白を聞きながら、俺は笑いが止まらなかった。
あれから二ヶ月が経ったが、今こうして改めて【アユミの日記】を読み返しても、笑いが込み上げてくる。
…アユミちゃんゴメン! だってよくあるテレビドラマのワンシーンみたいなんだもん!

いや、それにしても。さすがに、俺が見込んだだけのことはある。
アユミの行動力と冷静な態度は半端じゃない。好感触だから問題ないけど。
多くの女性ならば、同じ状況に遭遇すると、途端にヒステリックに陥り、その場は修羅場と化すことだろう。
しかし、我らがマドンナ・アユミは、感情的になること無く、冷静さを保ち、その場の主導権を握り、当事者全員がハッピーになる選択肢を見つけ出し、状況を丸く納めることに成功した。

俺に言わせれば「Good Job」って感じ。

1、絶妙なタイミングでの俺のアシスト。つまり、アユミに元カレと別れるよう説得したことがキッカケで、元カレの浮気が発覚したこと。

2、冷静沈着で迅速なアユミの行動。迷いや罪悪感を断ち切って思い切り狙ったシュート。

この2つのファインプレーが重なり、当事者全員が互いに求める利益を得る事ができた。ちなみに、今回の一件において、「当事者」とは四人存在している。すなわち、アユミ、元カレ、彼女、そして俺の四人だ。

一人目:アユミ … 既にはじまっている新しい恋を彼に知られること無く、罪悪感も無く、元カレを断ち切ることができた。

二人目:元カレ … 浮気についてアユミから非難されること無く、修羅場を迎えずに済んだ。

三人目:彼女 … アユミの影に怯えること無く、元カレを独占できるだろう。今後、元カレが浮気をしなければ。

四人目:俺は、最高のネタを手に入れた。